いままで1960年代以降の日本のロック史についてはミュージシャン当人やガイド本などで沢山語られてきました。しかしそこから漏れ落ちている、音楽雑誌や書籍にはない情報やエピソードもあるはずです。周辺にいた方々にそれぞれの日本のロック、ポップスに対する熱い思いを語っていただき補完しながら、お人柄も紹介する企画。
第2回はピアニスト、作曲家・編曲家の江草啓太さんにご登場いただきます。
我々田園メンバーとも縁が深い江草さんは、ピアニストの父を持ち、幼い頃から音楽に親しむ環境におり、音楽制作の現場にいる立場の方です。そんな江草さんがどんな日本のロックやポップスに影響を受けてきたのか、そして現在の音楽活動にその影響をどのように活かしているのか、時系列にお聞きしてみました。ぜひお楽しみください。
(左)江草啓太さん(右)松田主水
パート1:ピアニストの父・江草啓介さんのこと〜少年時代のこと
パート2:日本のロック、ポップスとの遭遇〜プロ・ミュージシャンの道へ
パート3:伊藤多喜雄さんとの出会い〜ジョン・ゾーン「コブラ」
パート4:ミュージカルの仕事へ〜奄美、屋久島の唄、まつばんだ
音楽劇『テラヤマキャバレー』のバンドチーム『テラヤマ荘』単独ライブ。左から内橋和久、太田裕子、江草、渡辺剛、坂上領、西嶋徹、スティーヴ エトウ、湯浅佳代子、堀越彰。
江草:・・・それで、ミュージカルを、多分2002年ぐらいに「ダウンタウン・フォーリーズ」っていうのを、ミュージカル・レビューなんだけど、やりだして。その辺ぐらいかな、ミュージカルやり出したのは。
松田:それはやっぱり誰かからの紹介で?
江草:島健さん。島さんが音楽監督やる時は自分でピアノ弾かないから、その時はバンマスで。
松田:やっぱり1回やると、次こういう仕事ありますけど、みたいな感じでどんどん(仕事が繋がっていく)。もう、すごいですよね。今や音楽監督という立場でね。
江草:ね、こうなると思わなかったね。
松田:うん。なんか、啓太くんがまさかミュージカルの音楽監督やってるって想像も(しなかった)。
江草:ね、俺も想像してなかった(笑)。全然ミュージカル聞いてたわけじゃなかった。
松田:ミュージカル自体は例えば、ジャンル的に、個人的な好みとしてはどうだったんですか、昔は。
江草:昔?あんまり興味なかった(笑)。だけど、演出されたコンサートが好きだった。
Pippi:じゃあ、ちょっとね、若干要素はね。
江草:そう、うん。あと、やっぱり自分の好きだった人たちが、自分で演出するタイプの人ばっかりだった。なおかつ、演劇的な要素も取り入れたバンドも好きだったから。
高内:最初の方に出てた、「宇宙戦艦ヤマト」のサントラとか劇伴みたいなところとすごく通じるところが。
江草:劇伴。向こう(海外)で書かれたものもあるけど、自分で曲書く時もある。
ミュージカルで自分で作曲したのは1回しかないんだけど、でも、ストレートの芝居とか音楽劇とか、結構何本か書いてた。それも劇伴であるわけだから。
高内:うん。
江草:それは昔聞いてた「ヤマト」とか、 あと、他にもサントラ好きだったのとか、その辺が生きてたかもね。
松田:2024年、劇中の音楽を単独で再現するという。
江草:そうそうそう、「テラヤマキャバレー」っていう音楽劇があって。その演奏バンドだけで(劇伴の)ライヴをやろうっていうのをおこなった。
松田:その音楽は非常に斬新かつ豊かな。もうこれだけ別にして聞かせてもいいんじゃないかっていうような。
「テラヤマキャパレー」はじゃあもう、もう今後は特にやる予定はない。
江草:演出の(デヴィッド・)ルヴォーさんはあんまり再演とかしない人なんで・・・再演することはないのかな・・・でもね、みんなは、またやりたいって多分思ってはいると思うんだ。
松田:ミュージシャンの人たちがみんなノリノリになってる感じ。
江草:そうそう、結構盛り上がった。キャスト陣もそうだと思う。ちなみにそういうミュージカルのミュージシャンの人選っていろんなやり方があるんだけど、自分の場合は、その作品を好きで楽しんでやってくれる、なおかつその音楽性が合う人。
うん、やっぱり音楽性が作品に合って、楽しんでやってくれそうな人を選ぶようにしています。でも色々仕事してわかったんだけど、作品の音楽性関係なく、いつも同じメンバーでやりたい人もいる。指揮者が音楽監督だとそういうこともあるみたい。ちゃんと自分の指揮を音で反映してくれる人。そういうやり方もあるのもわかる。ただ、自分の場合は、その世界観に合っていて、楽しんでやってくれる人なんだけど、なるべくいつも同じメンバーにならないようにした方が新鮮味があるかなと思って。だから舞台系は初めてだけどでも作品にドハマリしてる人が1人か2人いるみたいな、そういうのが割と理想。
「テラヤマキャバレー」は僕は演奏しなかったんだけど、普段からミュージカルたくさんやってる太田裕子さんがキーボードコンダクター、あとは色々なところでお願いしてる守備範囲広い、いつも信頼してる堀越さん、西嶋さん、坂上君、湯浅さん、渡辺君。そして大先輩二人。スティーヴ エトウさんは布袋寅泰さんみたいなビッグネームのツアーやったり、地元奈良でのライブも積極的にやってたり。普段ミュージカルはやってないけど演劇作品はすごいやってる。(ギター、ダクソフォン奏者の)内橋和久さんはすごい先鋭的な演奏活動してるんだけど、 舞台方面が維新派の音楽をずっとやってた。「テラヤマキャバレー」はこの作品以外で出会うのはありえなさそうな人同士もいるバンドだったんだけど、蓋開けてみたら、なんかみんなすごい仲良しになっちゃって(笑)。
『テラヤマキャバレー』公演ダイジェスト動画
ダウンタウン・フォーリーズ|高平哲郎構成・演出、島田歌穂らが出演のミュージカルレビュー。2002年に初演。
テラヤマキャバレー|2024年2月9日から東京・日生劇場、3月5日から大阪・梅田芸術劇場メインホールで上演された、戦後の日本のアングラ演劇を代表する劇作家である寺山修司を主人公にした音楽劇。
デヴィッド・ルヴォ―|世界中から注目を集めているイギリス生まれの演出家。トニー賞のノミネート多数。日本でも頻繁に演出作品を手掛けている。
スティーヴ エトウ|スティーヴ エトウは日本のパーカッショニスト。バンド「PINK」で活動。西田敏行、小泉今日子、布袋寅泰、吉川晃司、COMPLEX、堂本剛などのサポートで活躍。
太田裕子|日本のキーボード奏者。「ビリー・エリオット」「キンキーブーツ」など、ミュージカルのピアノコンダクターとして活躍。
堀越彰|日本のドラマー。「山下洋輔ニュートリオ」でデビュー。江草とは共に伊藤多喜雄、夏木マリ、チェンミンなどをサポート。
西嶋徹|日本のベーシスト。自己のリーダープロジェクトの他、小松亮太、葉加瀬太郎、小野リサなどのサポートを務める。
坂上領|日本のフルート奏者。リーダーバンド「チャランガぽよぽよ」の他、生田絵梨花、井上芳雄、香取慎吾などの録音に参加。
湯浅佳代子|日本のトロンボーン奏者、作編曲家。ナゴムレコードからソロアルバムをリリース。様々なアーティストのサポートも。
渡辺剛|日本のバイオリン奏者。G-クレフのメンバー、ALI PROJECTのサポートなどで活躍。江草とは共に加藤登紀子をサポート。
内橋和久|日本のギタリスト、ダクソフォン奏者、作曲家、編曲家、音楽プロデューサー。
維新派|かつて存在した日本の劇団。1970年、松本雄吉を中心に日本維新派として旗揚げ。1987年に維新派と改称した。
博多にて。音楽監督とピアノコンダクターを務めた『VIOLET』と、編曲を担当した『CROSSROAD』のポスターに挟まれる
松田:いい感じにみんなが反応し合った。
江草:人選がすごくうまくいったかな、「テラヤマキャバレー」は。音もね、結構聞いたことがないような音になってて、普段あんまり聞けないような楽器を持ち替えする人もいたし。
松田:なんかギターの人にシンバル叩かせたとかって書いてあったけど。
江草:あ、それはまた違う演目で「クロスロード」。クラシカルな曲結構あるんだけど、 ロックな曲調ではギタリストが必要。でもクラシカルな曲はギターってない方がいい場合があるから。そうするとギターが暇になっちゃうでしょ。そこで、シンバルをお願いして。サスペンデッド・シンバル。
松田:なるほど。その辺の采配は啓太くんの方で。
高内:今までは演奏する方にベクトルがずっと行ってたところから、自分は演奏しない立場になる時も出てきたわけじゃないですか。そこで関わり方の、取り組み方の違いみたいなのとか、心境の変化とかありましたか。
江草:一番大きく違うのは、演奏してると音でこういう感じって指示できるんだけど、演奏してないと言葉で伝えなくちゃいけないから、それがちょっとね、演奏した方が早いのにっていう(笑)、もどかしい。
高内:江草くんの演奏を押し付けちゃったらいけなかったりするじゃないですか、人選のところでも。自分とは違ったものを求めていて、そこの雰囲気を作り出すために、いろんな演者とは別に、配役というか、ミュージシャンの配役をするわけだから、押し付けちゃいけないみたいなところも多分あるんじゃないかなと思っていて。やっぱり言語化していくのっていうのは難しいですかね。
江草:弾いた方が早いと思っちゃうから。稽古ではバンドが入る前に稽古ピアノの人がいるんだけど、なるべく自分は弾かない方がいいんだなっていうのが、ちょっとわかってきた。 その人の仕事奪っちゃうことになるから。
演出家も「ここはこうしてください」ってニュアンスは伝えるんだけど、実際にその人の代わりに入って芝居して具体的に見本をみせるってことはあまりないですね。
松田:それぞれの役割っていうのはあるんですね、やっぱりね。
江草:うん、そうそう。
高内:いろんなことに通じますね、そこは。
江草:1回、すごい前に曲作る仕事でデモを作っていったら、頼んでくれた人の方から「こういう感じどうでしょう」って(曲を)作ってきちゃったことがあって。それはちょっと 勘弁してくれって。ああ、そういうこと自分もあったなあと。
クロスロード|実在した天才ヴァイオリニストであるニコロ・パガニーニの生涯を題材として描くミュージカル。
稽古ピアノ|オペラやミュージカルの舞台作りにおいて、キャストが本番に向けて稽古をする際などでピアノ伴奏をを行う人。
日比谷駅での『RAGTIME』特大ポスター
「ここに名前が」
松田:ミュージカルと別にもう1個聞きたいのが、奄美とかの世界ですけど、これはどういうところから入っていったんでしょう。
江草:元々、神社の祭りばやしの音とかすごい好きで。中学の修学旅行が青森で、そこでねぶたを体験で踊った時に楽しかったとかっていうこともあって。そういうのと自分がピアノ弾くのと、なんか合体できないかな、とかずっと思っていたんだけど。
で、多喜雄さんと民謡やることになって、面白いなって思って。
奄美は98年、長野パラリンピックの開会式出た時に、(奄美出身の女性歌手。シマ唄からポップスまで。ファイナルファンタジーの主題歌も担当。)RIKKIさんとご一緒でした。全体の演出プロデュースが久石譲さんだった。で、久石さんが選んだメンバーの中に宮沢和史さんとか、鬼太鼓座(おんでこざ)とかいたんだけど、RIKKIさんもいて。終わってRIKKIさんと楽屋で話す機会があって。「どんなことやられてるんですか」って聞いたら、「久保田麻琴さんのプロデュースでこの間アルバム出しました」って言ってて。
その同じ時ぐらいに島田歌穂さんも久保田さんのプロデュースでアルバム出してて、自分もツアーのサポートしてたからその話をした。その開会式のRIKKIさんの歌もすごい素晴らしかったんで、東京帰ってきて、早速「レコファン」行って、置いてあるRIKKIさんのCD全部買って聞いて、なんか奄美すごくいいなって思ったのが出会いかな。
松田:久保田麻琴さん経由でっていう感じで、最初は。
江草:久保田さん経由っていうか、RIKKIさんのアルバムで久保田さんがプロデュースしたやつが結構面白かった。
それで、RIKKIさんを通して奄美を知るようになって奄美に旅行行って。シマ唄が聞ける居酒屋行って。お店に行ったら(必ず)シマ唄聞けるわけではないんだけど、幸運なことに、2軒行って偶然2軒とも聞けた。片方は、「凪」ってお店。お座敷で学校の教員の新年会やってて、その中にシマ唄を歌う上手な若い人がいて、締めに1曲歌ってたのがすごく素敵だった。その店のママも後に民謡大会でよくお会いする方だったし。
翌日、「かずみ」っていうのお店に行ったら先にテレビの取材が来てて、「1時間後ぐらいだったら大丈夫です」って言われて。1時間後に行ったら、番組「遠くへ行きたい」のロケでした。
確か杉田かおるがいたんだけど、杉田かおるがシマ唄を聞くっていう。で、ロケが終わって取材班と杉田かおるは帰ったんだけど、呼ばれた歌の人だけ残ってたわけ。で、そこで、「まだ歌い足りないから」って歌ってるのを聞きながらご飯食べるっていう(笑)すごい最高なシチュエーション。
だから、もう名人が揃ってるの。そこのお店の人も、西和美さんっていう名人の方です。
Pippi:奄美って、奄美大島。やっぱり、新年のお祝いの歌とか、なんとかの歌とか、行事ごとの歌があったり、沖縄とかね、そういう民謡やる飲み屋とかいっぱいあるけど、奄美大島もそうなんだ。
江草:その時は(店が)2軒あるの知ってて。
Pippi:そういう歌がちゃんと残ってて継がれてる。
久石譲|日本の作曲家、編曲家、指揮者、ピアニスト。
宮沢和史|日本のシンガーソングライター、俳優。元THE BOOMのボーカル。
鬼太鼓座|1971年に結成されたプロの創作和太鼓集団。
RIKKI|鹿児島県・大島郡瀬戸内町(奄美大島)出身の女性唄者で、ポップス歌手。
久保田麻琴|日本のミュージシャン、プロデューサー、録音エンジニア。
西和美|鹿児島県大島郡瀬戸内町西古見生まれの島唄の歌い手。
長野パラリンピック開会式フィナーレ
「ココにいます」
江草:・・・で、そうこうしてるうちに(奄美出身の唄者)朝崎郁恵さんのサポートの話が来て。朝崎さんとご一緒していく中で(奥様の)ゆうこさんと知り合って。ゆうこさんは最初(朝崎さんの)追っかけだったんだけど。
それで結婚した後、一緒に演奏活動するかと思いきや、 俺が「夫婦だからという理由で演奏するのは嫌だ」って、だだこねて(笑)。
松田:それは啓太くんの方が。
江草:そうそうそう。なんか絶対「夫婦」以外の理由がないとやだっていう。向こうはえーってなったんだけど。で、ある時、ゆうこさんのお父さんが「実はわしの出身は屋久島じゃ」っていきなり言い出して、「そんなの知らなかった」となって。
屋久島だったら、もしかしたら奄美と繋がりがあったのかもなっておぼろげながら思って。で、奄美は昔の民謡がいっぱい残ってるけど、屋久島はその時ネットで調べて民謡が1曲しか出てこなかったの。でも「もしかしたら、なんかあるかもね」って言って、2人で屋久島に行って、そこでね、「まつばんだ」っていう歌を知って、それが民謡音階なんだけど、琉球音階がちょっと混ざってるっていう。
琉球音階の北限って、奄美大島の下に徳之島があって、徳之島の下に沖永良部島があって、沖永良部と徳之島の間がその境界。沖縄音階の北限って沖永良部って言われてたんだけど、遥か飛び越して、屋久島に沖縄音階を使った曲がある。これは面白いし、何よりいい曲だったし、これは歌っていくべきなんじゃないかなとなって、ライヴ活動を始めた。
高内:その曲のいわゆる発掘をして、しかも学説的にも覆して。
江草:ある意味ね。
高内:覆すというか、再発見をしたみたいな形になったわけですね。
Pippi:日本の民族史でとっても大切な。江草くんがもし見つけなかったらさ、多分、現地の人、そんなに大切にしてなかったらさ、なんとなく消えちゃってたかもしれないね。言語だってそうだしさ。
江草:それはね、「まつばんだ」って言葉は、「まつばんだ交通」っていうタクシー会社があって言葉は知ってたんだけど、 歌自体は歌える人が2、3人しかいなかった。これは屋久島の人にも知ってほしいってなって、東京でライブ活動をして屋久島でもライヴやることになって。
で、子供が生まれる前までやってたのかな。 屋久島の夏祭りでも歌って、その時は「まつばんだ」のメロディー知ってる人あんまりいなかったから、みんな、「あ、こういう歌があるんだ」、みたいな。
時を経て、僕たちがやったのがきっかけかどうかわからないんだけど、「まつばんだ」を歌い継ごうっていう動きになって、今ね、結構ね、屋久島で「まつばんだ」ブームがきてるらしい。
高内:でも、よかった、ぜひこの取材では、ルーツはここ(江草夫妻の活動)にあると。
江草:いや、でも、たまたまやっただけだからね。他に多分やる人がいたかもしれないけど。
Pippi:当然譜面があるわけでもなく、口頭で2、3人が。
江草:音源があって、ギリギリ残ってた音源があったんだけど。
高内:これは、江草くんの子供の頃から培った、聞いたら弾けるぞっていう、聞いたものを、さっきのサンプリングはあるけど、聞いたものを再現する力みたいなものが、際限なく発揮されたような感じだと思いましたね。
江草:それで一番思ったのは、屋久島で色々お年寄りに話を聞いたりとか、「なんか古い歌知りませんか」って何回か聞いて回ったんだけど。老人ホーム行った時に、いまはもう歌われていない屋久島の民謡を譜面に起こしてた曲集も持っていってたの。それをいくつか初見で歌ったら、「この曲知ってる」って言ってもらえて。学校のソルフェージュが役に立ったなって(笑)。
Pippi:その譜面は、お琴みたいな、ああいう。
江草:五線で譜面をおこしてる人がいたんです。偉人がね、いたんです。
Pippi:よかった。そこですくい上げてもらって。歌も喜んでるよ。
江草:うん。
松田:やっぱり、そうやって保存して伝承するっていうのも本当に大事なこと。
江草:うん、うん。
高内:しかも、全然かけ離れた1000キロ近く離れたような場所で復活してね。また元に戻してみたいなプロセスがあって。
松田:この活動も今後も続く。一つのライフワーク。
江草:もちろん、もちろん、うんうん。
朝崎郁恵|鹿児島県大島郡瀬戸内町加計呂麻島生まれの唄者(奄美民謡歌手)。
ソルフェージュ|楽譜にしるされた音楽と、実際の音楽を結びつける勉強の総称として使われる言葉。
えぐさゆうこと民謡ソニックに出演。パーカッションは立岩潤三
江草:・・・2000年代後半ぐらいから、歌い手とピアノだけでライヴをやるっていう、Smooth Aceと加藤登紀子さんなんだけど。このパターンが結構あって。
それまでバンドでやってたのを、無理矢理、伴奏をピアノだけでやるっていう。それ、結構実験的だったんだけど、でも、わりとうまくいってて。なんかすごい面白い時期だったかな、その辺り。
松田:それは、エグさんのピアノと、Smooth Aceのコーラスと加藤登紀子さん?
江草:あ、Smooth Aceのライヴはメンバー4人と俺で。で、登紀子さんのライヴは登紀子さんと俺だけっていう。(別々に2組)
松田:ピアノのみでっていうことね。
江草:バラード系はまだいいんだけど、Smooth Aceとかね、割とロックな曲。ロックというか、小西(康陽)さんの「これから逢いに行くよ。」とか知ってます?小西さんが書いた。
松田:うん。
江草:(曲を口ずさみながら)あれを1人で。間奏とか、チェンバロとかも。(早いパッセージのフレーズを口ずさみながら)いま1人盛り上がってる(笑)。
松田:ピアノ1台アレンジに自分でやって?
江草:そうそうそうそう、それまで少なくともパーカッションとピアノとかだったんだけど、ある時、ピアノだけでいけるんじゃないかと思って。あとね、山下達郎の「Sparkle」とかもやったの。でも、 お客さんの手拍子があれば割と成り立つ。
お客さんが2、4(拍子)で拍手してたら、あと、ピアノで成り立つんだな。ベースラインは左手でしっかり弾いて、で、右手でコード弾いて。
松田:それは結構、ピアニストとしての腕がかなり・・・
江草:ね。でも、あの時期結構面白かった。登紀子さんも「愛の賛歌」とか、割と壮大なんだけど、1人でやんなくちゃいけないから(笑)。でもね、面白かった。
Smooth Ace|岡村玄・重住ひろこ夫妻から構成されるア・カペラヴォーカルデュオ。
加藤登紀子|日本のシンガーソングライター、作詞家、作曲家、女優。
小西康陽|日本の音楽家。ピチカート・ファイヴで活動。
愛の賛歌|シャンソンの名曲。作詞はエディット・ピアフ。
Xのポストから。(注意:音声が出ます)
SMOOTH ACEでYMOの『音楽』をカバー。左からツヤトモヒコ、江草、重住ひろこ(SMOOTH ACE)、斎藤アリーナ、岡村玄(SMOOTH ACE)、ゴンドウトモヒコ、ハッチハッチェル、ASA-CHANG、レモン。
加藤登紀子 オフィシャルブログから。
※クリック・タップすると別ページに遷移します。
宇野誠一郎トリビュートCDは『江草啓太と彼のグループ』名義でリリース
高内:僕が聞きたいのは、(テレビ・アニメなどの音楽を手掛けた作曲家)宇野誠一郎さんシリーズ。それちょっと聞きたいですね。
江草:宇野さんは、確かね、(宇野さんの)一周忌に、偲ぶ会みたいなのがあって、「演奏してくれませんか宇野さんの曲を」(という話がきた)。
(メンバーは)4人って言われて、ピアノと、バイオリンと。チェロいたら、チェロってベースもいけるしメロでもいけるから。もう1つアコーディオンいたら、 結構プラス系な感じにもなるし、左手もベースとして使えるから。
じゃあ、これでやってみましょう、となって偲ぶ会でやったら割と好評で、奥さんの里見京子さんは喜んでくださって。翌年に山形で(宇野さんの曲を)演奏する仕事があって。「もう1人楽器入れるとしたらなんでしょうね」ということで、パーカッションかな?
パーカッション入れて、その5人で山形で演奏したんだけど、「これはCD出したいですね」っていうのを、部屋呑みで話が出て(笑)。(音楽ライターの)濱田高志さんがプロデュースしてくれてたんだけど。
コンサートのスタッフで東京から濱田さんのチームが行ってたの。ライターとかデザイナーとかレコード制作会社の人とか。「じゃあ、演奏もCD制作のスタッフもこのメンバーで行きましょう」ってなって、部屋呑みで(笑)。
Pippi:スムーズ過ぎ(笑)。
江草:元々は宇野さんとの接点はなかったかな、もちろんファンだったけど。俺、3大好きなイントロってのがあって、「メルモちゃん」のイントロと、鈴木さえ子さんの「恋する惑星」と、あと、あみんの「待つわ」(笑)が自分の中で3大イントロなんだけど。宇野さん、すごいドリーミーな曲書かれてて。ディミニッシュ(コード)の使い方がすごい上手。「メルモ」のイントロもそうなんだけど、要所要所ででてきますね。
里見さんがね、「彼の曲を残したい」って言ってくださって、毎年アルバム作ってライヴもやってました。とってもありがたい経験だったかな。宇野さんの曲もたくさんあるからね。
高内:ライブラリーとして残ってるものとか、残ってないものってある。
江草:そうそう、残ってないやつもあって。「メルモちゃん」とか「ムーミン」のサントラは(レコード)盤で残ってないから。
高内:そうなんだ。映像の一部としてしか残ってない。
江草:映像もね、「メルモちゃん」ね、新しいバージョンに差し替わっちゃったりとかしてたらしくて、なぜか。
高内:古いの消しちゃう症候群。
江草:うん、その何枚か出したアルバムの中に、「メルモちゃん」と「ムーミン」のサントラの中から選んで演奏するっていうのもあった。
高内:さっきの奄美の話と共通するとこありますよね、発掘するみたいなところが。
江草:そうそう。
高内:ぜひ今後とも続けていっていただきたいシリーズかな。
松田:もちろん屋久島とかそちらも大事なんですけど、アニメとかテレビのテーマ曲とかってのも、そういうのを専門にしてる人もいるけど、でも江草さんがやってるみたいに、具体的に形として残していく人って、そんなにいないんじゃないかなと思って。
江草:でも、自分主導じゃないんでね、宇野さんのはね。
松田:ああ、まあね。
江草:いや、でも、まだまだ続けたい。続けさせてくれるんだったらね。
宇野さんの奥様・里見京子さんを囲んで。左から、橋本歩、向島ゆり子、田ノ岡三郎、江草、熊谷太輔
宇野誠一郎|日本のソングライター、編曲家。
久米大作|日本のキーボーディスト、作曲家、編曲家、音楽プロデューサー。
里見京子|日本の女優、声優。夫は作曲家の宇野誠一郎。
濱田高志|日本の音楽ライター、アンソロジスト。
メルモちゃん|手塚治虫の子供向け漫画、およびそのアニメーション作品。1971年10月3日から1972年3月26日まで、TBS系列にて毎週日曜日の18時30分から19時00分に放送されたアニメ。全26話。
鈴木さえ子|日本のミュージシャン。作曲家、ドラマー、キーボーディスト。
恋する惑星|鈴木さえ子|1984年リリースのシングル。作詞:佐伯健三. 作曲:鈴木さえ子
あみん|岡村孝子と加藤晴子の2人による女性歌手グループ。1982年7月25日、「待つわ」で日本フォノグラムよりレコードデビュー。ミリオンセラー(109万枚)を記録。
ムーミン|女性作家トーベ・ヤンソンの「ムーミン・シリーズ」と呼ばれる一連の小説と絵本、アニメ。
松田:エグさん、今、50・・・
江草:56才。
松田:56年の人生の中で、音楽中心に生きてきたと。・・・今後こういうことやりたいとかってありますか?
江草:いや、基本流されるままなんで。だから売り込みしたの2回しかないですよ。
松田:そうなんだ。じゃあ本当に受動的に来てる感じね。でもすごい。それでここまで来てるっていうのはね。やっぱり出したものが・・・
江草:いや、運が良かったのもある。
松田:そう。
江草:特にミュージカル方面。
音楽監督の仕事って譜面の解釈を伝えたりとかミュージシャンの人選とか、場合によって譜面書くこともあったり色々。でも多分自分はすごい環境に恵まれてると思う。演出家もだけど、訳詞家、作詞家。キャスト、スタッフ、演奏家、いろんな出会いがあるのでいつも刺激がある。
・・・あのね、ミュージカルは関わるまで苦手だったには理由があって、その言葉のハマり方が今までずっと自分が聞いてたポップスと違うってのがあった。それで多分、普段ポップス聞いてる人がミュージカル入っていけないってのもあるんじゃないかなと思ってて。なんだけど、なぜかご一緒してる訳詞、作詞の方は全員素晴らしい方ばっかり。
松田:ミュージカルで、やっぱりね、作詞、訳詞ってほんと肝だしね。これで伝えるわけだから。
江草:だって、英語と日本語の情報量って全然違うでしょ。その中で、ちゃんと伝えなくちゃいけないことは伝えるんだけど、 なおかつメロディーとちゃんとハマってないといけない。
松田:うん。
江草:で、メロディはフェイクの範囲でちょっと動かすとかはする。歌唱指導やキャストと相談しながら。そうやって辻褄合わせたりとか、聞きやすいようにしたりとか。時によっては、「この歌詞、別の言葉ないですかね」っていうのは相談することもあるんだけど。 でも、大体、元々の詞がやっぱり皆さん素晴らしい。ほんとにそれは良かったなと。
松田:なんだろう、言葉の乗り方とか、あて方みたいなものなのかな。
江草:元々の詞もそうだけど、歌い方ってのももちろんあって。全部はっきりとやると、すごくクドく感じるんだけど、ところどころで抜いたりとかして歌うと聞きやすくするっていうようなやり方もあって。それはキャストが自分で考えてやる時もあるし、歌唱指導がリクエストすることもある。自分としては、なるべく聞いてきたポップスと近い耳障りのでいけたら。
なおかつ歌詞は必ずちゃんと聞こえる、そこを目指して。 目指してっていうか詞は僕が書いてるわけじゃないから補助的役割なんだけど。なるべくお客さんにその辺ストレスないように聞けるように持っていけたらいいなと思って。
だから自分は逆にミュージカルを今まで聞いてなかったから客観的になれる。
なおかつ今まで聞いてきたポップスに言葉のハマりを近づけたいっていうことをやろうとしてる。それがミュージカルずっと好きで聞いてた人だと、今までのミュージカルの歌詞の当てはめ方で考えるから、字余りだとしてもオッケーってなっちゃうんだけど、俺は今まで自分が聞いてきたポップスに近づけたいから。そういう意味ではやってる意義はあるのかもしれない。
松田:もしかしたら、ミュージカル界としてはすごい新しい風なのかもしれないよね。
江草:わかんないけどね。自分が聞きやすいようにしてる。
松田:でもね、やっぱりそういう解釈って、もうそういう世界にずっといた人にとっては、おおっ!て思うものなのかもしれないね。
Pippi:疑問に思わずにね、やってきてたかもしれない。
江草:割とその辺、はっきり意見言うんで。柔らかめに、口調はなるべく柔らかめにするんだけど、「こんな訳にしたい。どうですか」っていう投げかけはする。
高内:演出方針みたいなことじゃないですか、それって。江草啓太という音楽監督の演出方針は・・・
江草:でも、演出は演出家がいるから。その演出家がやりたいことがあって、そこがまず第一にあって。こう伝えたい、演出家がこう伝えたい、その補助をしてるっていう(役割)。「だったら、こっちの方がより伝わりやすいんじゃないですか」っていう投げかけをしている。
音楽監督って割と引っ張ってくタイプ多いみたいなんだけど、僕はあんまり引っ張っていかないタイプらしくて。なんか補助的な役割でいれたらいいかなと思ってて。
松田:その辺もやっぱり、人それぞれのカラーってのがあるんだね。・・・エグさんらしさをこれからも出しながら、そして流れに任せ(笑)。
江草:そうそう。
松田:これからも続くって感じですね。
江草:あんまり自分らしさって考えてないタイプなんですよね。その作品が呼び起こすものをやってるみたい。これはミュージカルに限らず、いち演奏家としても。
松田:作品まずありきということ、そこから。
江草:そうそう。
2024年秋、川崎に伝わる古民謡を唄う田辺さんを取材。えぐさゆうこ、佐藤みゆきと共に
松田:啓太くんのすごいと思うところは、音楽に限らず、多分個人的な性格なのかもしれないけど、記録としてしっかりとっておく人だなと思ってて。
江草:リスナー体質なんだよね。
松田:昔、学生時代に一緒に色々な音楽活動してて、当時いろんな(音楽活動の一環として)物書きとかやったものがあって。もう自分はどこかに無くしちゃってるものとかも残してくれてるからね。
江草:それは全部残した。
松田:すぐに、「探してたのこれですか?」って出てくる(笑)
江草:ちゃんとファイルに入れてたから。
松田:そういう記録の残し方とかすごいなと思ってね。
江草:今はそこまでできてないけどね。昔は、ある時期までは、行ったライヴのチケット全部取っておいてた。
松田:アーカイバー的な側面も結構重要な部分なんじゃないかなと思ってます。
江草:そういうの、上には上がいますからね。
Pippi:さっきYouTubeで昔作った曲をあげてるって話、「ハイスクール・ララバイ」だっけ。その時点でもうびっくりして。
江草:一応、残しとこうと。
松田:すごい。そういう昔のこと、みんな捨てちゃいましたよっていう無頓着な人もいるからね。
江草:でも早く整理したいですね。まだビデオがすごい残ってて。ビデオ・デッキないのに、どうしようって感じですよね。
高内:演奏するのはもちろんなんですけど、こうやって(曲芸的な態勢で)演奏したり、キーボードの反対側から演奏したり、サンプリングでゴジラの音を多用するっていう(江草くんの)印象があって(笑)。
江草:冗談でやってることなんで(笑)、ゴジラの音だってシンセに入ってるから。
高内:シンセの音か。あれ面白かった。シンセに入ってても使う人ってあんまりいなかった。なんでも使ってみるみたいな、面白い音は使ってみるみたいなところが、すごく印象に残ってますね。
江草:もう、ニューウェーヴのキーボードの人いっぱい見てきたからね(笑)
松田:あと思うのは、啓太くんのユーモアセンス、非常に笑いを作るのがうまい人だなって。多分本人が面白がってやってるっていうこともあるのかもしれないけど、昔から、出会った時からずっと一貫してて、なんてこの人面白いんだろうと。
江草:東京の笑いのセンスだなって奥さんには言われる。関西じゃない。
松田:関西にはないかも。東京かもしれない。
江草:向こうはボケたらツッコんでほしいんだけど、東京はツッコまないでしょ。だからボケが流れてる、それが気持ち悪いって言われる(笑)。
松田:あれがいいのにね。ボソって言ってジワー(笑) 。文化の違いですね。
江草:吉本じゃなくて、スネークマンショーだからね(笑)。
①テクノデリック/YMO
②恋せよ乙女/スーザン
③ごはんができたよ/矢野顕子
④はらいそ/細野晴臣
⑤改造への躍動/ゲルニカ
⑥科学と神秘/鈴木さえ子
⑦音楽図鑑/坂本龍一
⑧アニマルインデックス/ムーンライダーズ
⑨ナイアガラ・ムーン/大瀧詠一
⑩Sketches of Myahk/Blue Asia
江草啓太さんの日本のロック、オールタイムベストアルバム
江草さんが幼い頃に聞いたアニメ音楽を、無意識のうちに構造的に魅力を感じ取るのは、音楽家の家系で育んできたセンスの良さを感じました。
彼が思春期に受けたYMOインパクト。そしてニューウェーヴの洗礼。同年代の我々も理解できるその衝撃は、それまでの音楽的意識を塗り替えるほどのものでした。
江草さんが指摘する日本のロックにおける1984年という年は、デジタル・シンセの登場やテクノの有機的進化などによって、その後日本のヒップホップやハウス・ミュージック、渋谷系などの音楽にまで至る大きな拡がりと成熟をもたらしました。
それら聞き親しんできたポップスの要素を、現在、主に音楽監督として携わるミュージカルの制作現場で活かそうとする取り組みや、従来持っている探求心を”奄美、屋久島のうた”の世界で発揮して奥様と共に活動している様子は我々田園にとっても大きな刺激となるものです。
柔軟な思考で縦横無尽に音楽活動する江草啓太さん、これからも目が離せない存在です。
パート1:ピアニストの父・江草啓介さんのこと〜少年時代のこと
パート2:日本のロック、ポップスとの遭遇〜プロ・ミュージシャンの道へ
パート3:伊藤多喜雄さんとの出会い〜ジョン・ゾーン「コブラ」
パート4:ミュージカルの仕事へ〜奄美、屋久島の唄、まつばんだ
江草 啓太 (えぐさ けいた)
ピアニスト、作・編曲家。ステージでは朝崎郁恵、伊藤多喜雄、加藤登紀子、島田歌穂などのサポートを務め、レコーディングでは小西康陽、KERA(=ケラリーノ・サンドロヴィッチ)、植松伸夫などの作品に参加。NHK「カムカムエヴリバディ」の劇伴でもピアノを演奏した。えぐさゆうこと共に、屋久島、奄美大島等の古謡や作業唄を発掘し蘇演する試みを行う。演劇作品への関わりも多く、近年は『テラヤマキャバレー』、音楽劇『道』、『黒蜥蜴』(以上、デヴィッド・ルヴォー演出)、『9to5』『ファンタスティックス』『いまを生きる』(共に上田一豪演出)、『家族モドキ』(山田和也演出)、『VIOLET』『ラグタイム』(共に藤田俊太郎演出)などで音楽/音楽監督を、『CROSSROAD』(末永陽一演出)では編曲を担当している。